超教派
〔エペソ 1 : 15-19 〕 統計によれは日本国内にあるキリスト教の教派と言われるものの教は首を超 えている。そして大小さまざまなそれらの教派がそれぞれ教義を発表して教会 I 活動を行っている。勿論正当なキリスト教と言われる教派は新旧約聖書を神の 啓示として.自分連の倍仰生酒の基準をそこにおいているo そしてその理解の仕 方、依存の仕方によって多くの分派に分れていると見ることが出来よう.ある ものは聖書のみ言葉の一言一句についての霊感を信じ、又あるものは「聖書の み」と称して真理をそこに求めるo さて我々人間は現在この地上にあって生活しているのであるから如何に聖書 のみと言っても聖書の知識以外を無視しては生活することが出来ない。我々は 常住座臥聖書にない事をも真理信条として、それによって生きているわけであ る。 問題になるのはその信条が聖書の主張と異なる場合であろう。元々自然は神 の手によって創られたのだからそれを支配する原理は、神の啓示である聖書と 矛盾するはずはないのであるが、人間が自然の中からその支配する法則を学び、 それを真理としてそれに固執する時聖書と矛盾する場合が生ずる。神が主か、 自然が主か、ということである。 聖書は誠の真理であっても、我々の肉の眼をもって読む時その内容を正しく- 1 ヱ 理解することが出来ず、我々の生活の場でそれを一つ一つ適用することが出来 ない。しかしこの場合であっても生活の場での一つ一つは全体として見る時、 聖書の主張と合致するのでなければどこかおかしいので、真理を行っていると は言えない。聖書を読みこれを神の言葉とする人達の間にも、その理解の仕方 にはかなりの-だたりがあり、そのために色々な相違や問題が起こって来る. 我々の生活は世代の変化と共に変化がありこ その生活指針にも変化を生ずるの で、それによって聖書の理解にも変遷がある事は致し方がないo Lかし聖書を 神のみ言葉とする以上、その中心となる条項にづいては永遠にわたって変更は あり得ないわけである。 開国以来異教的な基塵と習慣で固まっている日本の国内で正しい信仰に入ろ うと思えはそれらの習慣を一度に正す事は困難なので、始めに信仰に入った時 の宗教体験が重視されることになるo 即ち聖書の中で特にこの時に関連したみ 言葉、行動のみが重視される事は自然であろう。 信仰は理屈ではないので、ある特定の部分に固執する事は或る程度止むを篠 ないが、それに固執する余り、異なる信仰体験を重視するグル-プと兄弟とし ての交りが出来なくなったとすれば、それは重大な聖書違反ではなかろうか。 神は我々に特異な方法によって聖書を与えられたと同時に教会の基を建て、 使徒ペテロを通して現在のキリスト教会を伝豪されている。我々はこの聖書と 伝承とどちらを重視すべきであろうか。 我々が聖書を理解し、その信仰を保つためには、救われて以来経験した神と の交りの中にあっての信仰体験が重要であり、特に回心につながる体験は地上 の体験と言うよりは寧ろ超自然的なものがあるかも知れない。そして我々はそ れぞれの体験を大切にしながら信仰生活を行っているわけである。しかし一方 教派によっては聖書のみ言葉の中から絶対の額抵抗主義を強調したり、地上 の争いを否定したりするものもあるが、聖書は現時点で国家間の争いが無くな るとは言っておらず、むしろその逆であり、又我々クリスチャンの力で地上の 悪が無くなり天国がやって来る等とも言っていない。我々は好むと好まないに かかわらずこの地上から逃避することは許されず、しっかり足を地上にふまえ ~一’~■ヽ– 2 5 て、その目的とする所は聖書のあかしする神の周であり、それを待望した世界 の平和であり、そのための祖国防衛でなければならない。我々はクリスチャン として夫々異なった教団教派に属していてもその目標とする所は一つであり凱 旋すべき所は神の国である.そして天国L把つながる信仰として大切な事はそれ ぞれが受ける個々の体験ではなく、聖書を通して誰にでも同じように語りかけ られているみ言葉である。 われわれクリスチャン自衛官は国内のそれぞれの教派教会に属しながら、こ の地上で亘の目標とする所に向かって遠進し、互いに助け合いながら各自衛隊 内で健全に育成されることが重要であるo又正しい自衛隊の運営のために防衛 庁文民の中に超教派のクリスト者部員の育つ事を祈らなければならない. * コルネリオ会と私(その2) 松山瞭賢(八戸会計隊) 44年3月、 2年8ケ月間の別海生活に別れを告げて、再び札幌市真駒内(ll ・師団司令部)勤務となった。当時の別海は、陸の孤島と呼ばれたところである が、私にとって、実に優しい土地であり、コルネリオの友から離れてはいたが、 手紙や電話で励まされ、最寄りの各種教会との交わりにより、信仰的にも強め られた思い出の土地でもある。 1. 5周年目の真駒内伝道所 44年度は真駒内伝道所創立5周年記念の年であり、文集「からしだね」特 集の発行、記念特別伝道講演会等の記念行事が計画された。 特別伝道集会では、作家の三浦綾子さんの講演を伝道所附属の幼稚園に 200名以上の聴衆を集めて実施した。当時の三浦綾子さんは「氷点」 ・ 「塩 狩」 ・ 「羊ケ丘」等の数多くの小説を出版されており、女性フアンの多い人 気作家であったが、ご挨拶の中で「私は、作家と呼ばれるにはまだまだ未熟 です。私の家は雑貨商であり、作家でなく雑貨です。」と話され、また「私 の作家-の道を強く支えてくれたのは、私が誇る夫(光世)です。 」と云っ て、先ず、三浦光世氏を聴衆の前に紹介され、万雷の拍手を浴びた。三浦さ- 3 Lf ん夫妻はかつて矢田部兄が所属されていたことのある、旭川六条教会の会員 であり、私も約3ケ月お世話になったので今でも忘れられないのであるが、 夫婦仲がよく、いつも肩を寄せ合うようにして教会に来られるお二人であっ た。 文集「からしだね」特集は、三上兄と私が中心となり編集し、記念行事の 一端を担ったのであるが、伝道所の文集としては、立派なものであり、懐か しい思い出として今でも大事に保有している. 2.コルネリオ会の再編成 ● このころのコルネリオ会は、武田兄、小森兄が内地に転出され、教会員で は、三上兄、大貫兄、椎名良三兄(現・稚内沿岸観視隊)、内脇泰政見(当 時.11対戦車隊)、熊野政重兄(11輸送隊)、教会外では、 ′J、川敏夫兄(当 時.北方総監部会計課長)、高橋兄、椎名隆子姉(当時・札幌地病ナース) 等がおられ、多くの場合、伝道所壮年会と合同で実施されたが、コルネリオ 会員の家庭集会も期に1月実施された. その中で、小川会計課長官舎でのコルネリオ会では、奥様の接待がよすぎ て、奨励中にもご馳走が沢山出たのであったが、牧野先生(伝道所牧師)か ら注意される一幕もあった。しかしこのころは楽しいコルネリオ会作りの時 代であった。 また、防大の溝口先生、今井先生が札幌に出張で来られたとき、伝道所を 訪問され我々を激励されたのもこのころであった。 翌、 45年、防大教授陣を中心にOCUの見なおし、再編成が行われ、機関 誌「ニュース・レター」の発行が議論された。創刊号をいただいたのは、神 奈川県葉山のYMCA レーシー舘で行なわれたOCU修養会のときであった。 3.椎名兄の結婚式 44年11月吉日.椎名良三兄と隆子姉(ともに2等陸尉)の結婚式が真駒内 伝道所で挙行された。仲人さんは当時11師団副師団長の西田秀男将補、式場 には新郎新婦の同期生等、特科連隊幹部を中心に自衛官Il色の教会結婚式で あった。勿論、現地コルネリオ会にとっても、結成以来最大の行事として全- 4 面的に支援した。 S この椎名兄、 -3人の男子という子宝に恵まれ、現在北の果て、稚内で沿岸 観視に任じておられ、また隆子夫人は専ら主婦業?。ともに札幌コルネリオ 会を支えてこられた代表選手です。岡見ご一家の上に神の豊なお恵みがあり ますようにo (次号につづく) 象 AMCF 祈帝項目 国際OCUは1980年7月の国際大会に於てAMCF ( Association of Military ChristianFellowship )と改称されることになった。そして国際 AMCFの新会長米陸軍/(ッキンガム少将の提案によりAMCFの祈帝日をもう け各国から寄せられた祈りの課題について時を同じくして祈ることとなった. 本年の祈頑日は4月10日(金)である.なお国際AMCF主事C・N・T由比虐政1 氏からの呼びかけとして、祈りは4月10日のみでなく、その後に於ても鋭い武 器として続けられ、世界中のAMCFの信仰と愛の霊的な手をつなぐ手段とし て参加されるよう奨められている.国際会長の挨拶および祈薦項目をつぎにか かげる。 ○国際AMCF会長、米陸軍ノミッキンガム少将挨拶 「御在天の父よ、キリストの血により、我らすべての罪が清められたことを 感謝します。全ての国の軍隊にある男女を祝福し給え.また、キリストの下に 全て一つなり、という喜びを知っている我らをあなたの愛で満たし、その喜びを 再臨の時までに、他の人達に伝えることをえしめ給え、アーメン」 この祈りは1930年オランダのZuylen 城で開催された第-回国際大会の際 我々共通の祈りとして成文化され採り上げられたものである。全ての国の軍隊 にある男女の上に焦点をおいて、キリストを神として救い主として知り、また 彼ら軍人の生活をとおしてキ1)ストを崇めるため、このAMCF国際祈南日が 設けられたことは喜びにたえない. 特に我々は、その軍隊内においてイエスキリストのための証しが組織されて- 5 ら いない国のため祈りたいと思います。 主にして全能にあり給う神よ. バッキンガム少将 讃美と祈りについて各国から寄せられた項目 地区 俛 kツ 諌美 亢h.� 日の祈り.聖書の学び会に加え、 凭ネ,ノ ク*ケ:リ*ク*ィ* .x/ + ,h/ 金曜日の全夜を祈りのために参加 できる全ての人に開校し祈り会を もっているo
なお コルネリオ会からの祈り課題は原稿到着がおくれ記載されていないが
つぎのようである.会員諸兄の祈りの中に入れて頂きたい。
1.自衛隊幹部の間に信仰に対する理解が広まり、日本の教会が自衛官の信仰
に対し理解を持つようになること。
2.近く防衛駐在官としてポーランドに着任される森田忠信2空佐および夫人
を覚えて、その働きの上に主が大きな力を与え、且つ主の栄光のため在住の
ク1)スチャンと共に励まされますように。
* 軍人伝道に関する研究-日本OCUの源流-(峯崎康忠君)の贈呈に対する
イギI)スより感謝の親書が当時の会長武田宛に来ておりますので、全文を日本
語に辞して御披露します。 武田貴美(名誉会長)
(1)イギl)スのOCU顧問・ゴッドアレイ・ノミクストン師の手紙:親愛なる武
田会長殿、 「日本OCUのルーツ」と云う書物を御親切にも御贈呈下さいま
して誠に感謝のはかありません.この書物によって神様の御恵みと御働きが
あなた方に如何に豊かに表わされ又この109年間に亘って、あなたがたを通
じて他の人々にも如何に及ぼしたかと云う点がよくわかります.大変意味深
いことだと思います。
私は日本語が読めないので大変残念ですが、あの中の英語説明の部分だけ
は隅から隅まで念入りに拝見しました。申しあげるまでもないことですが、
5頁と6頁に書かれた方々の御名前は特に私の記憶を新たに鮭がえらせてく
れます。ここに誌された方々が日本OCUの名に於てはっき・りと主の証詞を
されましたことはわたしたちにとって誠に感謝すべきことであります。私達
は必ず実現するとの確信をもって次の様な祈りを致しておる次第であります。
数年或いはもっと長い将来かも知れませんが、主がこの地上に再臨せられま
す時まで、主が絶えず日本の男にも女にも霊的な力を与え、日本OCUの信
者の団結に大いに役立つものとして下さるようにとの祈りであります。現に
イギ1)スOCUに於ても、今迄男子を通して恵みが与えられた如く、又夫人
や子女などに対し、又彼等を通して豊かに恵みが与えられて来たことはかく- 9
/0
れもない事実であります。私共は同様のことが日本の OCU に於ても起こ
り得るものと信じております。歴史K:於ても主が主を代表する人々を暴々高
く用いて来られましたと云うことは誠に興味疎いことであります。私はこの
事実を見て来ました。私は旧約聖書のエステル書を読み、喜びに溢れました.
神様が神様の民のために,神の計画を行うた、めに或る人を起用し給うと云う
ことに感謝を覚えました。エステル書・5章の始めから終わりまで、エステル
が如何に勇敢に振舞ったか、神様がモルデカイを如何に大きく働かしめられ
たか、神様は今日でもその御用のためにエステルやモルデカイを求めておら
れ、如何に大きく働かしめられるかと云う事を信じております。日本OCU
のために祈ります。ー
滋に重ねてこの書物の御礼を申し上げますo本当に日本語が読めないのが
残念です。しかしあの写真は英語の総括文と同様大変興味深く拝見しました。
本当に有難うございました。
追伸:私は日本のために祈り、日本と日本の皆様に愛を捧げます.私を生
んだ松江のある日本へ感謝し喜びをもって、このお手紙を御送りします。
B.ゴッドフレイノミクスト ン
(2)イギI)スOCU及び国際OCIJ名誉会長・ロ・バート.ユーノミンク将軍より
の手紙:親愛なる武田貴美陸将並びに日本OCUの皆様に感謝申しあげますo
「日本oCIJのルーツ」と題する大変立派な書物を只今郵便にて受取りまし
た.妻のジョイスも私もこの大変興味深い書物を頂いた事をよろこんでおり
ます.この本の中の写真には私共の見知りのお顔も幾人かおられます。日本
を訪れた時の日本OCU会、ソウルの国際大会、第一次スワニツク世界大会、
ドイツ・アメリカ世界大会等。
さて今回のイギリスに於ける世界大会「HE IS ABLE」という聖句を
かかげ、なんと素晴らしかったではありませんか。次は1981年夏、シンガ
ポールに於けるアジア大会のために祈らなければなりません。神様は必ずそ
れを祝福下さることを信じます。貴下が国際OCUのアジア担当副会長とし-10
JJ
て色々と努力されたことに対して更めて大きな感謝を捧げたいと思います。
私は1984年の韓国ソウルに於ける世界大会で再びお目にかかることが出来
れば・なんと素滑らしいことかと思っています。神様の御旨ならばと祈って
います。
尚千葉愛爾牧師が病気のためスワニツタ大会に出席出来なかったことは誠
に残念でした.どうぞ千葉牧師御夫妻並びに他の日本OCUの皆様に宜しく
お伝え下さい。又貴兄及び御一家の上にも主の御恩寵が益々豊かにあります
様にお祈りしますo 「HE IS ABLE」
尚御同行された御子息の健君にとっても今回の大会はすはらしいものであ
ったと信じます。どうぞ宜しく。
追伸:大会で吉江陸将御夫妻にお目にかかれたことは大変うれしいことで
ありましたが、お別れを云う機会を失して、大変失礼しました。何卒宜しく
お伝え下さい。
終りに著者峯崎康忠教授に感謝します.コルネリオ余部周年記念の年に発
刊され且つ沢山の英文抄壕別刷の御寄贈を受け、世界大会参加39ヶ国に配布
出来たことは無上の光栄であり会員一同と共に深く感謝申しあげます.
* ウガンダのカレブ・アT)アカ牧師の救援についてお願い。
コルネリオ会幹事 矢田部 稔
1・わが国内での報道は少ないが、アフリカ大陸における破湊飢餓の状態には
想像以上のものがあるようである。昨夏英国スワニツクでの国際大会にコル
ネリオ会代表11名と共に参加して生活を共にしたウガンダのアリアカ牧師一
家について、その窮状が下記のように英国支部、オーストラ.)ア支部および
本人から報告されて来た。旧約の時代主は予言者-.)ヤを養われるのに-羽
のからすをお用いになった, (列王上17: 6)我々もこのウガンダの窮乏を
救う第一歩としてこの牧師一家救済の義援金を送りたいと思いますので特別
の献金をお願いします。
2・英国OCU幹事ナルダー中佐からの手紙( 1980.10.20 )-ll
I2.———前 略一一一–
ウガンダからスワニツク大会に参加したカレブ・アリアカ牧師は、この夏
一旦帰国したのちオークヒル神学校での課程を続けるため先達って再び英国
に帰って来られた.彼からの手紙によると、ウガンダのその地方では共通的
なことではあるが、彼の家族は飢餓状態にあり、その故にもうー慶家族のも
と-帰りたいとのことであった。
彼について御存知でない方のために申し上げると、彼の住所はカンパラか
ら約350マイル、アルアから35マイルのオゴロ村。夫人の名はジャネット、
子供は12才・10才・ 8才・ 6才・ 4才・ 2才の6人である。
地域全体がひどい欠乏に襲われ飢餓が拡がっている.その上、ウガンダの
経済は崩漬し通貨は事実上無価値となっている.たとえは、生活必需品の一
例をあげてみると、
小 麦 粉 1 袋—約6万円
砂 糖 1キロ—-約5千円
大 豆 1キ ロ—-約4千円
闇市に行くとなんとか買物はできるそうであるが、彼はつねづねクリスチ
ャンとしてふさわしい生活をしなければならないと云っていたので、彼の家
族がそこで買物をすることを許さないであろう。彼の住むアルア地方は飢餓
のはかにアミン派の軍隊に操りんされたと聞いている.
我々はケニアのナイロビに本部を持つ「ワ-ルド・ブイジョン」のヨシュ
ア・-ミイドウ中将(OCU国際連盟アフリカ担当副会長)に対し彼の家族を
救援するためよい方法があれは連絡してほしい旨の書簡を出してある。——ll—-1後 略 –一一一—I-I
3.ナルダー中佐から二度目の手紙( 1980.ll.10)—-=一一一一一一 前 略 一一一一-一一-一一一一一アリアカ牧師は彼の家族の生存を確認できない状態
となっている。彼は留学を短縮して帰国することを申し出たが、当局は、彼
が帰国するや否や殺害されることは確実である故をもって帰国を思い止まる
よう説得している。 -一一日一一一一 中 略 一一一一一一一一一一一-121
JB
そこで次のことを祈って嘩しい。
o部族戦争がすみやかに終ること.
o救援組織がこの地域に入ることが許されることo
o欠乏が終り地域が正常に復帰すること。
oァリアカ牧師一家が神のみ手のうちに在り、神の強き腕に支えられてい
ること。
oアリアカ牧師が強められ、彼に関する神のご意志がこの出来事によって
挫折されることがないこと。
ところで、 -ミイドウ中将は全OCU家族に祈りを求め、クリス・パイパ
ー氏に対しワールド・ウイジョンが活動することを求めた.一一二一後 略-一一一一一一
4.オーストラリア OCUニュース・レター(1981.1月号)-一一一一一一11– 前 略 一一1—-I– 北部ウガンダは破壊されている.この地域では広範
な飢餓の結果以前より事態は悪化している。アミン前大統領の部族の1万
5千から2万人の者が他の部族の者から虐殺されたと見られる。
現在アリアカ牧師は英国での神学の勉学を終らせてカンパラに帰っている.
(家族を捜している。 )しかし、彼があなたがたの祈りによって強められ「空
地を統べ給う神は正しいことを為し給う」との確信を持ち続けていることは
嬉しい限りである。困窮の地域にいる全ての人々の長め、また、神を公然と
礼拝できない人々 -特に共産主義と回教に統治されている国の人々の
ために祈りを続けてはしい.一一一一一一一一-・後 略—一一一一1-
5.アリアカ牧師からの手紙( 1981.1.23受領)
矢田部1佐殿
去る12月1日付の貴書簡有難く受領しました。スワニツク大会で作られた我
々の関係を神に感謝します.私はこの関係は信仰の成長とともに成長するもの
と思っています。
妻と子供を見出すことができました。ウガンダ北西部の観皐のため健康を害
されていますがともかく生きています。家は放火されて完全に焼失し、すべて
が破壊されています。-13
け
この手先が日本OCUの方々に回覧されるかもしれません.日本の方々の祈
りがいかなるものであるかを知らされることでしょ う。
家を再建する助けが与えられたならは大変な感謝です。
新しい年も神の御祝福がありますように。
1980年12月29日
(e/o Diocesan Office,
P.0.Box 370, ARIJA,
I
U-g-a-A-a-a )
6.義援のための献金送付要領
(1)あ て 先: コルネリオ会 振替 東京3-87577
(2)期 限: 5月末日
(3)金 額: 任 意
(4)コルネリオ会々員以外の方からでも御送付下されは感謝です。
象 寄 信
o 丸 山 忠 孝 師(東京基督神学校校長)
∫・Rev・ Caleb Ariaka Nguma
「額栄、コルネ1)オ会の皆様には御清栄のことと存じます.金紙を通して皆様
の貴重なご活躍を興味深く読ませていただいております。今後とも祝福のうち
にご活動を続けられることを信じますo ・・・・・・・・・」
o 西 満師(東京キリスト教短期大学助教授)
「額栄、いつもコルネリオ会誌を御恵送下さりありがとうございます。大
変興味深く読ませて頂いていますo また自衛隊の中にこのような会があるこ
とは小生にとって励ましとも思います.これからのお働きの上に主の力が豊
かにありますようお祈り申上げます。一等御礼まで」
o 山 根可 式師(単立地の上キリスト教会牧師)
「栄光在主、コルネ.)オ会よりいつも御心にかけてお送り頂き感謝いたし
ています.久しぶりにゆっくり拝見させて頂きました.信仰の真髄のときあ
かし、コルネリオの信仰をもってこの誌があふれて居りますこと感謝です。
この時代に御誌がいよいよ祝され用いられますようお祈りいたします.御祝
福を祈りつつ」
鎗 謝 辞
。 松 村 導 男師(静岡インマヌ-ル教会牧師)
先生からは折にふれて励ましのお便りと共に御教会週報を送って頂いてお
りますo それによりますと御教会からは長谷川稔元海軍大佐、勝山昌文兄(7
師団102特大)および中山ゆみ子姉(防医大看護学院卒)が出ておられます
し、旧軍時代から軍人の伝道にも留意下さっていたご様子がうかがわれて感
謝です。誌上から御礼申上げます。
o 千 葉 愛 爾師(日.基久里浜教会牧師)
しばらく健康を害されておられましたが昨今回復されました。感謝。先生
はコルネリオ会顧問として、表に陰にお祈りと細かいご配慮を頂いて感謝し
ております。特にニュースレター編集については、その都度それとないお励
ましを頂いて大いに勇気づけられております。
献金者(順不同、敬称略) :井上 淑(日基小平教会牧師)・林田 芳秋
清水 善治・藤田 喜敬・小森 邦治
山田 利勝・藤田 勝男・矢野 改良
今村 和男・山下 貴久・岡林 靖之
安永 稔・藤原 正明・矢田部 稔
岡村 紀子・足立版二郎・武田 貴美
戸嶋 成忠・堀内 侯槌・蔵谷 三郎
今井 健次・勝山 昌之・中野 正治
目良 悔・越田 久一.三嶋 滋
志賀 正吾・武宮 啓夫・滝原 博
塩月 安郎
■
ヽ 〆
コルネリオ会事務局(Joc°)
横須賀市走水一丁目
防衛大学校応物教室
今 井 教 授 気付
(発行責任者 今井 健次)