Newsletter No.13(1974年11月)

※結婚

「マタイ19章4〜6」
 秋も深くなるにつれて今年も結婚シーズンがやって来た。市内の各式場には希望に胸をふくらませた若い新郎新婦の姿が引きをきらさないし、町や電車の中には式服を着て引き出物の風呂敷を持った老若の人達の姿が目につく。そしてこれらの人達の顔はこの日ばかりは吉日と皆晴々とした様子をしている。このような風景に接するのは喜ばしいもので る。日本国憲法第24条には「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し夫婦が同等の 利を有することを基本として相互の協力により維持されなければならない」と り、我々日本人として結婚に対する第一条件はこれで ろう。そして我が国の戦後の発展もこの条件を土台とした社会の構造の中で達成されて来た事も思わなければならない。しかし我が国はその経済発展の中にも色々な社会問題や政治問題をはらみ、その処理に追われ、 るものの中には破綻に向かって進んでいるのではないかと思われるものも る。その原因について考えてみよう。先ずこの幸福そうに見える結婚問題について聖書は何と言っているので ろうか。頭書のみ言葉によれば、人を男と女に造られたのは神のみ心で り、神が合わせられたその二人を人が離してはならないということで、結婚とは神が定められた二人の男女を合わせられることで るというので る。即ちその神の選びの一つの条件として両性の合意が るわけで、憲法の条文はその必要条件の一つを言っていることになる。それでは結婚の十分条件は何かと言うと、それは婚姻に関する極意とも言うもので神のご意志で り、之を人間の文章をもって規定する事は困難で ろう。我々はそのために第二、第三の必要条件を考えながら神の定められた相手をさがして行くことになる。そして結ばれた二人の関係は憲法の条文によりば相互の協力により維持されなければならないし、聖書によるならば「妻たる者は・・・・夫なる者よ・・・・」(エペソ5章22〜31)に代表される教えに記されているようにこれは「神の教会」のひな型で り、その繁栄は聖書全体にかかわるという大変なことになって来る。従って「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」という憲法条文も軽々しく理解することは許されない。両性の合意のみが結婚の条件で るならば両性の合意が無くなった時離婚は当然な事で り、この考え方をそのままもし広めるならば離婚と結婚が交錯して家庭生活は不安定となり、性の乱れは激しくなって終には国民生活の破綻にも至る それが る。
 聖書は中途半端や浮気をいましめており、誠の神以外を拝む偶像礼拝を最大の罪として神の前での誓いを求め、神の定めた異性以外との性行為を姦淫と称して禁じている、「心をつくし精神をつくし、思いをつくして主なる なたの神を愛せよ」(マタイ22章37)という事は神への絶対服従を要求して人類愛、民族愛、愛国心、愛社精神、使命観、責任観等に通ずるし、「自分を愛するように なたの隣の人を愛せよ」(マタイ2章38)のみ言葉は新婚夫婦の進むべき道を示して余す所がない。

※ "Know your Bible"(第一回)
      ウイリアム・グラハム・ストロジー著
宮崎健男(大佐和キリスト教会牧師)訳
(今回から数回にわたってこの著作を紹介します。著者は1877年スコットランドに生まれ、19歳の時バプテスト教会の奉仕訓練のためポルジョン大学に入学、当時教会を蝕みすす った近代主義と世俗化に対し、独自の聖書研究に没頭した。27年にわたる教会の牧会生活の後その奉仕と著作が認められ母校から神学博士の称号を贈られた。以後アメリカ、カナダ、オーストラリア等を回って伝道の奉仕をし、又文筆活動にも専念した。その間ケズイクコンベンションに参加、聖書について12巻のシリーズ物の著作が る。)

1.旧約聖書の概要
 旧約聖書に比して新約聖書を価値 りとする見方が、一部有識者の間に普及している。彼等は旧約聖書の る部分の文学的価値は認めるが、他の部分は古物研究家の興味の対象に止まるとするので る。しかし、これ程 やまった考えはないので る。確かに旧約聖書39巻の文学的価値は極めて大きいが、それ以上に、倫理的及び宗教的にそれらが持つ価値は測り知ることが出来ない。旧約聖書中には、唯一の真の神の啓示により、宗教の土台石が据えられているので る。
 先ず、罪の起源とその発展、即ち人間を神から引き離すに至った呪いの実体が明らかにされている。又律法によっては人間は必要な救いを得ることが決して出来ないこと、この点に於いて、律法が如何に無力なもので るかが明瞭に教えられている。反面、律法と預言や諸々の予表の中に、神の救いの目的と計画が証されているので る。そして、救い主自身の職能が−神の御子で り、同時に僕として、祭司として、主として−約束されてもいる。又旧約の中に、道徳上の大問題で る罪と苦痛と取っ組み合っている人間の姿を見る。又歴史の中に見られる神の内在性の証や、一般的な統治形態が根本的に義によって支配されている事実を旧約の歴史は証している。全人類の心の琴線は不道徳と云う唄でかきならされているのを見る。一方神が御自身の御旨を明らかに示され、かつイエス・キリストを通してその御目的を成し遂げるために興された一国民の起源と発展をも見るので る。これら39巻の書物は1600年間にも亘って、異なった時代に異なった人々の手によって記述されたので るが、歴史的にも又教理的にも一貫した発展の跡をたどることが出来るので る。歴史的に見るならば放浪時代から国民生活へ、即ち不安定な指導体制から王国の秩序への発展で る。教理的に見るならば、シナイ山に於ける律法から山上の垂訓へと斬新的に移行して行くのを見る。即ち律法の外面的観察より、内面的一致へと指向して行くのを見る。他の見方をすれば、国家的、又は氏族的責任より、個人的責任へと移っている。
 旧約聖書は大別して歴史、文学、登録又は系図の資料の三つに分類される。
 読者は容易にこれらの区別をなしうるで ろう。
 歴史に属するものとしては、創世記、出エジプト記、民数記、ヨシュア記より、エステル記まで及びダニエル書の一部分が る。文学に属するものとしては、ヨブ記、申命記の一部、詩篇、箴言、伝道の書、雅歌、及び全ての預言の書が る。第三の区分に属するものとしては、レビ記、申命記の一部、歴代誌の一部、エズラ記及び、ネヘミヤ記の一部が る。
 ノアの洪水前の時代から洪水後の時代に亘る、数千年間を通じて、我々は神の贖いの御計画の発展して行く様をたどることが出来る。即ち族長時代とそれに続くエジプトに於ける奴隷の時代、出エジプトから荒野に於ける放浪時代、更にヨシュアの時代からさばき司の時代、ダビデ、ソロモンによる統一国家の時代、更に分裂国家の時代、単立国歌の時代、バビロン補囚の時代、更にそれ以後のネヘミヤ記にみる旧約の最後の時代区分に於いてで る。救世主の出現に至る400年間には、如何なる正典も持たないが、最も価値の る歴史と文学は、聖書外典の中に見出される。これら全時代を通じて、一つの御目的が、いよいよ明確さを増して走っているのを見る。即ち贖い主の出現のために、一つの道が用意されてきたことで る。これらの啓示は、有機的で り斬進的でも る。そして極点をキリストのうちに見出すことが出来る。有識者の間で旧約の諸書が際限のない批判的な論議をよんでいることは事実で る。しかしそのことが、旧約聖書の持つ倫理的、霊的価値及び 威を軽視するもので ってはならない。


※ かし

 糸井 勇(旧海軍大佐)
 百万人の福音を読んでいた時、思いがけなく清水善治兄の写真を拝見、早速連絡した処、コルネリオ会会誌を恵贈され、紹介されて、今日海軍軍人のクリスチャンの一人としてコルネリオ会客員の末席を汚しているもので ります。 
 山中朋二郎師や清水兄との関係は後述することにして、小生がイエス・キリスト様を救い主として信じて救われました証詞をさせて戴き度いと思います。
 大正4年(1915)の春郷里福知山(京都府)に初めてナザレン教会が設立されました。当時府立三中の1年生だった自分は同級生9名と2・3年の先輩と合わせて16名がBible Classに入り聖書の勉強を始めました。当時牧会されたのは松永幾太郎牧師で京都三高を卒業してアメリカに留学、神学校を出てから実地に訓練を経て帰国された方でした。我々は教会で英語の勉強が出来るというので3年生の兄に誘われ日曜日の礼拝や水曜日の聖書研究会に出席したことを記憶しております。当時は聖書も讃美歌も皆英語で記して ったので一苦労でした。特にマタイ伝五章の山上の垂訓については深く印象に残っております。松永牧師の説教中に度々出てくるdisciplesだのhypocriteだのいう単語は尚耳底にこびりついて離れません。
 教会通いも段々と遠のいて来て、何時しかサタンの働きにより、離れてしまう様になりました。海軍生徒採用試験を受験した処、幸にも合格し、横須賀海軍機関学校に入学したのは大正9年(1920)7月でした。3カ年の海軍生徒生活を無事おえて候補生に任命され、外地遠洋航海の目的地はオーストラリアでした。タスマニア州の港ホバートに入港した1日、クリスチャンホームに案内され、すっかり歓待を受けてその間将来のイメージ内にクリスチャンホームの形成を夢見ておりました。
 第2期の訓練期間は軍艦陸奥に配乗されましたが、或休日先輩の宅を訪問した時、家族の人達と讃美歌を一緒に歌いました。中学時代教会で聖書を学び讃美歌を歌ったことを思い出し、それから新約聖書を購入し、余暇を見て拝読しました。皮表紙のこの聖書も呉の下宿の書架にいれていたら何時の間にか消えてなくなってしまいましたが誰かが読んで救われたなら幸甚と思っています。
 昭和16年(1941年)四日市第2海軍燃料廠に転勤を命ぜられ、着任後2ヶ月を経て大東亜戦争に突入、幾多の辛酸を嘗めましたが生命を持続し終戦を迎えました。陛下の終戦の詔勅にも りました通り、耐え難きを克く忍び、遂にイエス様は御許に引いて下さいました。
 戦争中アメリカに帰国していた美濃ミッションの宣教師miss Fewell外2名が終戦後間もなく再来し宣教を開始しました。当時四日市前田町の保育園に奉職していた家内がクリスチャンの同僚に追分教会に導かれ、当時和歌山市内の工場に勤務していた小生も毎月1回休暇で皈泗の場合には必ず教会で聖書を学びました。
 ヨハネ伝3章16節「それ神はその独子を賜うほどに世を愛し給へり、凡て彼を信ずる者の亡びずして永遠の生命を得んためふり」の聖言を信じて受洗しました。
 それから使徒行法16章31節「主イエスを信ぜよ、然からば汝も汝の家族も救はれん」の聖言をかかげて伝道に励んで りましたが、昭和44年(1969年)近畿福音四日市ルーテル教会に転籍し、家族一同と共に主を讃美しつつささやかながら証しを続けておる次第です。
 エペソ書二章に る如く「汝等は恩恵により信仰によりて救われたり、是 のれに由るに らず、神の賜物なり、行為に由るに らずこれ誇るもののなからん為なり、我等は神に造られたる者にして神の預じめ備え給いし善き業に歩むべくキリスト・イエスの中に造られたるなり」全く希望なく神なかりし者で りましたが恩寵によって救われ、神の子となるの特 を有することを無上の光栄とし感謝の生活を日々送る者で ります。 終りに前述せし我等の先輩山中朋二郎師は機関学校に入校した時の教官で り、横須賀海兵団新兵教官当時海兵団機関長として、同所に共に勤務し、舞鶴機関学校教官奉職中は教頭として仕え趣味の上に於いては謡曲を共に学び武術に於いて弓道を共に学び今又主に って強大となりしは全く不思議な御縁と感じております。
 清水善治兄は第47期生として舞鶴の海軍機関学校生徒生活中小生は教官として教育訓練作業を共にし卒業後練習艦磐手に於いて候補生指導の任に当たり練習航海を共にして来ましたが退艦後20数年を経て互いに百万人の福音誌を通して相会しました。又その後、文通により主に る海軍諸官との親交を保つに至りました事は誠に感謝に堪えません。

※米国だより

 山口利勝(1空尉 米国Maxwell空軍基地)
 長らく御無沙汰致しておりますが、いつも送られてくるニュースレターでOCUの活動が主によって祝福されているのを見て深く感謝致しております。私は目下米国空軍大学(指揮幕僚課程)へ入校中ですが、当地におきましてもOCUの活動は活発です。特にOCF(Officers Christian Fellowship)の活動は活発で、毎週木曜日夜(1930〜2100)聖書研究会を開いております。私もこの6月下旬にこちらに参りましてからこの聖書研究会に参加し、いつも恵まれた成果を修めています。勿論米国のことですので基地そのものも大きいし、一つの基地にたくさんのOCU会員がいて、このような定期的な活動も可能な訳です。また9月6日(夜)から9月8日(午前)の間、当Maxwell基地の第2チャペルでOCUの研修会が開かれ、主の恵みによって私も参加する機会を深く感謝致しております。講師は(日本へ行かれてOCUの会合に参加されたことが るそうですが)武田先生と懇意の仲だというDr.W.Robert Smithという方で、終始独特の話法と力強い説得力をもった講演をされました。またDirectorはCleo W. Buxtonという方で米国OCUの実行委員長を20年間勤められ、現在は世界的なキリスト教者の研修、教育等のために働いておられる方でやはり、武田先生を良く御存知でした。両氏から、日本のOCU会員の皆さんに、また特に武田先生によろしくとのことでした。ロバート博士はこの研修中に講演の中で「我々は常に主に って一つで る」ことを強調され、特に9月7日の夕食会後の講演はその力強いことにおいて特出しており、参加者全員、深く感激しておりました。博士は、この講演の後で私との会話の中で、日本を訪れた時のことを語り、日本のOCUの活動について語り、日本の美しさについて語られた後、私の手を取り、肩を抱いて「我々が主に って一つで り、この主の恵みにより、OCUの活動を続けて行くことができるように、また主が我々をいつも、何処でもその力強い手をもって導いて下さいますように」と祈って下さいました。こうした外国における経験を通じて信条も習慣も文化も全く異なる生活の中でも「我々は主に って一つで る」ことの実感を強めています。このような素晴らしい経験をする機会を与えられた主の愛と恵みとに対し、より一層の感謝をせずにはおられません。又6月7日午後のセミナーで一緒になったWILLIAM F. HOEFT(米空軍少佐)は千葉先生が世界OCU会議に参加された時に後世話をしたことが り、千葉先生によろしくとのことでした。彼との会話で千葉先生は私達の防大時代のバイブルクラスの良き指導者で ったことを話すと「That's great! Praise the Lord!」と叫んで主の働きの素晴らしさを共に讃美した次第です。
 日本では会員が各地に散在していて活動が大変だと思いますが、主がその力強い御手と恵みをもって導いて下さるようにと祈っております。どうかOCU会員の皆様によろしく。主の恵みと愛とが全ての人々の上に豊かに りますように!主に って、いつも一つになって主の聖旨に従ってゆくことができますように! アーメン

※伝道義会記念会

 旧海軍軍人の伝道を目標として伝道義会が横須賀市平坂の上に建てられてから旧海軍機関学校生徒を中心として福音が宣べ伝えられ、そこから数多くの軍人クリスチャンが誕生していった。この伝道義会を始めに作られてのが、アメリカから来日した婦人宣教師星田光代先生(Miss Finch)で った。そしてその業を助けられて軍人伝道に専念されたのが黒田惟信牧師で る。今年は星田先生が昇天されて50周年に当たるので、9月16日当時の伝道義会の人達および関係の人達が横須賀に集まって記念行事が行われました。
 当時朝10:30から現在は米軍キリスト者の為のサービスメンセンターになっている発祥の地で記念礼拝を行った。集まる者80歳を超える老兵から20歳の防大生まで、遠くは北海道または九州からと全国から家族の方も交えて30名を超す方々が集まった。礼拝後一同は衣笠丘陵に る星田、黒田両先生の墓を訪ねて、そこで墓前礼拝を行い、続いて久里浜教会(千葉牧師夫人は黒田先生の長女)に於いて記念会を行い、会食をしながら旧懐談の時を持った。当時の伝道義会から多くの優秀な軍人が出たわけで るが、彼等はキリスト教に対して理解の少ない軍の中に って、よくその信仰をつらぬき、良い かしを立てられた人達で る。懐古談の中にクリスチャンなのによく中将にまでなれた等というのが り、クリスチャンというのは出世の為には決して良い条件ではなかったが、やはりそのような人を軍が必要としたので ろう。正しい道を歩み通す事が、この世に っては如何に困難で ったかを思わせられた。
 当日の出席者次の通り(五十音順)
阿部 清  今井 健次  市村忠逸郎  市村 月子
榎本隆一郎  笠原 金吉  川副 イセ  久馬 武夫
木幡 行  佐々木芳枝  清水 善治  島田 千里
島田 洋  高橋 長之  武田 貴美  武田 妙子
武田 健  千葉 愛爾  千葉 幾代  羽賀善太郎
長谷川慈舟 長谷川順子  平山 万吉  前田 馨
前田 愛子 峯崎 康忠  山中朋二郎  山中喜久子
安永 稔  矢田部 稔  高間 玲江  野田 節男
山岸 弘子 南口 誠直


※ 明治学院長、武藤富男先生からお励ましのお便りと献金が りました。感謝。

※ 昇任、転勤、住所変更等の場合はお知らせ下さい。

※ コルネリオ誌原稿募集、論説、 かし、近況、通信、何でも結構です