Newsletter No.14(1975年3月)

※バックストン師をむかえて

 昨年十一月、ゴッドフレー・バックストン師が来日され、主だった牧師や教職者の歓迎のもと、日本全国にわたって記念集会が催されたが、コルネリオ会としても、東京市ヶ谷と横須賀地区で集会を持つことが出来たことは大きな喜びであった。後記の紹介にもあるように、師は日本の教会との間には深いつながりがあるし、同時に英国OCUの顧問として、コルネリオ会にも影響を与えておられる。自衛隊は軍隊ではないので我々が外国の戦場へ行くことはあり得ないのだから、キリスト者自衛官の行動は外国のOCU会員の行動とは同列に考えることは出来ないかもしれない。我々の行動範囲が国内であれば尚更我々にはあかしの行動が要求されることになる。「存在している権威はすべて神によって立てられた」(ロマ13−1)とあるように、あよそ国家機関であるならば、そこでは正しい神の導きによる運営がなされなければならないし、そこにはクリスチャンの存在が必要になる。特に自衛隊は非常の場合に沈着正当な行動を起こし、あらゆる状況のもとで正しい判断がなされなくてはならないので、このような時に永遠の真理に生きているキリスト者の存在が重要なわけである。この理由で自衛隊内でも平時のキリスト者の養成が必要になる。しかし現在の我が国の状態ではこの養成が困難である。自衛隊内にも勿論信仰の厚いキリスト者自衛官が居り、平時は居住地の近くのキリスト教会で交わりを通して信仰を養っているわけであるが、現在の教会は戦時中の政府の弾圧の影響もあって、国家機関に対しては反体制的な傾向を持つものがあり、特に自衛隊に対しては「良心的反戦論者」と言われる教派は別としても一般的に理解が少ないのではないかと思われる。
 このような時期に日本のキリスト教会からも伝道の恩人とされているバックストン師を迎えた事は意味が大きいし、教会に連なる一人のクリスチャンとして、師の来日を喜ぶと共に、職場に於けるもう一つの顔であるOCU会員としての、同じ思いで師と共に主にある交わりをする機会を得たことを喜ぶものである。このようなわけで自衛隊内の信徒養成が困難ならば、我々は自分達で互いに学び互いに信仰を高め合う事が必要である。苦しさの中でこそ主は我々に正しい信仰をお与えになるのかも知れない。我々が聖書を通して独自に自衛官としてのあかしの道を確立するならば、その信仰を持って謙虚にキリスト教会に飛び込むとき、そこには必ずや聖霊による一致が見出されるであろうし、教会を通して我々の職責に対する理解を得ることも可能と思われる。
 最近筆者は或るキリスト者自衛官の結婚式に出席することが出来たが、そこでは200名を越すと思われる参会者のもと、一時間にわたる厳粛な結婚式と二時間を越える披露会を通して自衛官にふさわしいあかしの時を持つことが出来た事を主に感謝したい。場所は新婦が永年所属し奉仕をして来た教会の会堂であり、司式は新郎の所属する教会の牧師で、新郎が折にふれて交わりをあたためていた教会員十数人が参加、又現在新郎が出席している勤務先の近くの教会からも青年会が出張してフォークバンドを通して祝福してくださった。新郎新婦側共友人が多数参加したが、新郎の同期生十数名も最前列に並んで、自衛官生活を通して友を語り、和気藹々の中に印象深い集会を終えることが出来た。
 我々自衛官は時が良くても悪くても使命に変わりはないのだし、「だから愛する兄弟たちよ、堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあってはあなたがたの労苦がむだになることはない。」(气Rリント15−58)とあるとおりである。
 バックストン師を迎えて我が国でも主の恵みは官民の分けへだてなく、恒久平和の道に進むべき目標が与えられている事を深く感ずる次第である。

※ "Know your Bible"(第二回)
      ウイリアム・グラハム・ストロジー著
宮崎健男(大佐和キリスト教会牧師)訳
2. 五書に見られる斬新的な啓示
 五書に学ぶ場合、先ず全般的に見るとよいと思う。
 五書は、神の図書全体の土台である。後に期すべき全収穫のための苗床である
 ここには、全ての事柄の起源がある。全ての目標のはじまりがある。
 これらの書物の歴史的、地理的、年代的、宗教的、及び倫理的価値は絶大である。全ての宗教的な真理の本質が、又は、要約が、明瞭に或いは、暗示的にここには啓示されており、五書の現在の順序の中に啓示の斬新的な発展を見るのは、単なる夢想ではない。
 人間の心が、熟視しうる最大の主題は、
 1. 神の永遠のはかり知れない計画。
 2. 彼の歴史的自己顕現。
 3. 人間が神に近づくための条件。
 4. 人間の生活を導かれる神のお働き。
 5. 神の愛なる自己顕現。
 等にかかわるものである。言わしめれば、これらのことが、五書の主題である。
 創世記は、第1の主題、出エジプトが第2の主題、レビ記が第3の主題、民数記が第4の主題で、申命記が第5の主題をとり扱っている。
 神の選びは、全ての歴史の背後にある。購いは、超時間的な目的の時間の中に於ける表現である。
 宗教的及び、倫理的諸条件は、人間が神と交わりを持つための道を開いている。しかし人は、巡礼者であり、導きを必要としている者であるが故に神は、人間に導きを与えると誓って下さった。これらの全て、即ち、神の”選び”、”購い”、”交わり”及び”導き”は、義なる神が、我々人間を愛しておられると言う深遠な教えへと導くのである。

 五書

[創世記、出エジプト、レビ記、民数記、申命記]

 序論
 ヘブル語聖書は、三つの部分に分けられていて、それらはルカ伝24章44節中に”律法と預言者と詩篇”と呼ばれている。第三の部分が、詩篇と呼ばれているのは、このグループ中、詩篇が最初だからである。律法、或いはトラーは、ペンタチュークと言う言葉が意味している様に、旧約聖書の最初の五書より成っている。何故このグループに五書しかないのか説明出来ないが、詩篇が五つの部分より成り、又、ヘブルの書物の他のグループ、即ち巻物も、ルツ記、エステル記、雅歌、伝道の書、哀歌の五つの書より成っていることを観察するのは興味深い。
 五書が霊的見地からよりも、はるかに多く批判的に見られて来たことは、残念である。
 五書の真正性、純正さ、著者、編集者、文書、文体、年代、等の論議に関して、多くの書物が出版されて来た。そして、これらの事柄を考察する余り、人は容易に、より重要な事実や、価値に対して盲目となりがちである。
 モーセが、五書とは何のかかわりもないとする立場から、モーセが彼自身の死の記述をも含めて、五書全体を記したとする立場までさまざまな見解の相違がある。批評は容認されるべきであり、又裂け難い事でもあるが、その結果は、単なる仮説や理論よりも、更により本質的なものの上に根ざさなければならない。
 モーセの著作権を五書に認めると言うことは、当時存在していた諸文書を採用したことを否定するものではない。
 どの歴史家でも、自分の資料と、典拠を持っている。モーセの著作権を認めることは、以後の諸時代に於ける追加や、編集上の手入れの考慮を除外するものでもない。(創世記13:7,36:31,出エジプト15:35,申命記36章参照)
 それ故、我々は五書中には、モーセ以前とモーセ以後の要素があるが、モーセ自身の記述が支配的であると考える。
 五書は、統一された書物であり、ヘブル人の宇宙論を明らかにし、イスラエル民族の起源や、彼等の国家法律の土台を示している。
 ヨシュアの時代に、神殿で発見された律法の書は、恐らく五書だったと思われる。(歴代誌34章)又、BC445年に、エズラが民に読んだのは、疑う余地もなく、五書だった。(ネヘミヤ記8章)
 これらの書物の歴史的、文学的、伝記的、倫理的、法律的、予言的、又、霊的価値は、測り知れない。
 これらが、五書の本当の価値である。そして、この価値は、純粋に批判的な考察によっても、ほとんどそこなわれることがないのである。


※バックストン先生を囲む会

(1)東京  M.Y
  11月25日(月)、市ヶ谷会館においてコルネリオ会と英国陸軍留学経験者が合同して、英3軍OCU顧問ゴッドフレー・バックストン先生を囲む会を開いた。先生の略歴−−−・明治23年から日本で伝道したバークレー・バックストン牧師の四男。松江生まれ。81歳。・ケンブリッジ大在学中第1次大戦に参加。負傷。・第2次大戦に参加。陸軍大尉。負傷して退役(片足は義足)。・日本伝道隊(J・E・B)の英国本部総裁。・自衛隊留学生のための貢献。・今回の来日(10.28〜12.7)では関西及び関東の各地で伝道。
 留学経験者としては、本間雅晴中将以来36年ぶり、14年前に留学の塚本陸将、10年前留学の林1佐、家族全員で留学し帰国直後の志摩2佐の7名(うち家族4名)。
 英国キャンバレーの先生のお宅で1ヶ月ごとに開かれた楽しい集会の思いで話などの後、約30分の講演(通訳千葉先生)が行われた。
 講演の内容は、紙面の都合で割愛せざるをえないが、小原十三司先生が朝鮮の通信隊におられた時のこと、ヒットラーに反抗した他ニック将軍のこと、インド洋まで航海し日本軍に遭遇して死に直面したオランダ潜水艦長のバーロン・ブッツラーのこと、あるいは御自身が4回の負傷をされたことなどの実例を通して、キリストが語られる神のことは、そうだと思わざるをえないと言うものであった。
 その後、昼食に移り、各人のスピーチが行われたが、ここでは、武田会長の挨拶のみ記録することとする。
 日本伝道史上大きな足跡を残されたバークレー・バックストン師の御子息で大変な親日家であり日本の宣教のため精根を傾けられている先生をお迎えできた嬉しい。先生のおそばに居るだけでキリストの香りがプンプンとしてくる。御本人が従軍され、また、御兄弟達が戦死されるという御経験をお持ちであって、軍隊に於けるクリスチャンのあり方については非常な関心をお持ちであり、英国OCUの指導者として長年働いてこられ、なくてはならない方である。今、世界にバックストンという人が2人いる。他の1人は米国OCUの指導者である。(肉親の間柄ではない。)そこでツー・グレート・バックストンと云う。向こうもキャプテン。こちらもキャプテン。両名とも軍人の伝道のため生涯をささげられている世界的に有名な方である。数日前に、国際OCU会長の英国ユーバンク将軍から手紙をもらった。沢山の英OCUのメンバーがサインしている。先生は、世界の宝、殊に英国の宝であるから、大切に使って無事英国に送り返してほしいと書いてある。先生が今回の1ヶ月の在日期間の5日を我々に割いて下さったのは自衛隊に対する大きな関心の顕れと思う。世界中のOCUメンバーが日本における先生の働きのため、コルネリオ会のため祈ってくれている時である。
 出席者−−−ドロシー・パー(先生に同行、在日英国婦人)、千葉愛爾、塚本勝一、吉江誠一、武田貴美、林英一郎、志摩篤、同婦人、同子供3名、今井健次、同夫人、海野幹郎。木代稔、滝原博、同夫人、同子供1名、神谷知晴、神谷茂晴、月井博、A・ウインロス、矢田部稔、同夫人

(2)横須賀
 11月26日(土)午前11時30分 バックストン先生は千葉牧師および武田会長と共に防衛大学校に来訪、学校側では幹事中村陸将をはじめ、今村教授、今井教授、石川助教授がお迎えした。続いて幹部食堂で学生15名と共に会食をし、食後大会議室に移って学生を交えて歓談の時を持った。午後1時30分午後の課業始めのため解散した。師は80歳を過ぎる老齢にもかかわらず終始若い学生を思う話題に良い思い出の時を持つことが出来た。
 当日午後7時半からは久里浜教会に於いてバックストン師をかこんで記念集会が開催された。この教会は千葉牧師の牧会しておられた所であり、武田会長は長老の一人であるが、当日は旧陸海軍キリスト者の人達、コルネリオ会会員、自衛隊関係者、その家族達が集まり夜の更けるのも忘れて良い交わりの時を持つことが出来た。
 

※「信仰と政治問題」を読んで

 足立 順二郎(元海将補)
 私は帝国海軍主計科士官であり、近くは海上自衛官でもありました。受洗は1947年ですからキリスト教徒となってから海上自衛隊に入隊したわけです。そのため入隊後は世間で肩身のせまい思いをさせられました。それは私個人ならば何とでも耐えられるわけですが、迫害とでも言えることが家族にまで及ぶのでありました。又教会内で知的なぶりものにされたという経験もあります。しかし私はかつて一度も職業軍人だった事も海上自衛官だった事も悔いておりませんし、恥とも思っておりません。「我制服を恥とせず」です。以下に所属教会機関誌「るうてる」にのった「信仰と政治問題」という対話について所見として2,3述べさせて頂きます。
1.私が海上自衛隊に入隊する時、私に洗礼を授けて下さった田中亀之助牧師に相談しましたら先生は「現在の日本の牧師の多くは絶対平和論者か再軍備絶対反対者であろう。しかし現在のこの世界では軍備は必要だと私は思う。君は海上自衛隊に入隊し給え」と言われました。又私の父の墓は日蓮宗のお寺にありますが、そこのお正人様も「足立さん、まだ入隊なさらんのか」と催促しておられました。
2.OCU(Officers Christian Union)は今から百年位前に印度に駐屯していた二人の英国陸軍士官が共に聖書を学びつつ、祈りつつ語り合ったのが始めと言う事であるが、現在我が国でもOCUは旧陸海軍で始まった「軍人伝道義会」の後継者として「コルネリオ会」の名のものと存在している。
3.現在教会の中には、所謂福音派といわれる人達と、所謂社会派といわれる人達があり、色々な書物によると昔から予言者達の中にもこのような人達がいたように思われるが、しかしこのような歴史的説明は教会では一度も教わったことがありません。副読本を紹介されたこともありません。
4.自衛隊の中で聖書研究会を開いていた事がありました。その時指導に来られた牧師(年老いておられた方が多かった)の方々は戦時中迫害投獄の経験がおありでも、そのような事は決して口に出されませんでした。
 ただ自衛隊員に福音を述べ伝えられました。
5.キリスト教系新聞で第一面に「再軍備絶対反対」という標語を書いたものがありますが、教会に於いてもこのような態度で来られたのでは、自衛隊の指揮官はキリスト教徒であっても、どうも教会の門をくぐりにくくなります。ペテロは聖霊の導きによってコルネリオを拒みませんでしたし、(使10−23)洗礼者ヨハネも兵卒に対して「兵隊をやめろ」とは申しておりません。「給料の中で満足しろ」と言っています。(ルカ3−14)イエス様も百卒長の信仰をほめられましたが、この人に対して「軍人をやめろ」とは申しておられないのであります。(マタイ8−5〜13)
6.自衛隊内においてキリスト教徒なる故に不利な処遇を受けることはありません。最高階級に進んで、最高の要職につかれたキリスト教徒自衛官は何人もおられます。
 かく言う私も階級的にも配置的にも大いに恵まれてまいりました。周囲の人達も人事当局も私がキリスト教徒であることは知っておりました。
7.安保反対等と牧師や役員が個人として唱えるのは自由です。しかし牧師が牧会者として教会員を動員して、安保反対などの運動を起こすというのは、どういう事でしょうか。少なくとも良識ある牧師の方々なら運動を起こす前に他人に説明出来る程度には、軍事学や国際政治学について勉強して頂きたいのです。これらの参考書については適当なものが幾つもありますので、必要な方にはいつでも御紹介致します。
(長文を要約させて頂きましたので、文責は編集者にあります。)

※支部通信

 北海道、道央地区合同クリスマスパーティが下記のように行われた。
  と き 1974.12.14 15:00〜18:00
  ところ 恵庭市西島松 島松伝道所ほか
  主 催 コルネリオ会、札幌、島松、千歳支部連合会
  後 援 日本基督教団島松伝道所
 礼拝に引き続いて「使徒行伝10章」から中隊長コルネリオの業績と題して聖書研究が行われた。討議の主な項目はつぎのとおりであった。
1.当時の状況
(1)教会感・・・・・ユダヤ人と異邦人
(2)地理的位置・・・イタリア、バレスチナ(カイザリヤ、ヨッパ)
(3)百卒長の地位
2.中隊長コルネリオの信仰生活
(1)神に対する態度・・・恐れと祈り
(2)人に対する態度・・・部下、ユダヤ人に対し
3.業績
 続いて支部運営について相談した。概要つぎのとおり
1.会費納入方法の変更(定額制→献金制)
  送金単位・・・個人、支部又は支部連合
2.支部組織の確立
  支部単位・・・教会、駐屯地、地区
  役 員 ・・・支部長等
   札幌支部 1尉 椎名良三
   島松支部 1尉 松山暁賢
   千歳支部 3佐 安達保義
  規約等
      ・・・必要性特になし
  予算 
3.次回集会予定
  とき:1975年6月  ところ:千歳市  担当支部:千歳支部
 当日出席者署名のクリスマスカードが到着いたしました。署名者はつぎのとおりです。
  安達保義、松山暁賢、椎名良三、門脇泰政、中野研精、越田久一、押川六男、土橋修(島松伝道所牧師)