Newsletter No.19(1977年2月)

※聖書信仰
 クリスマスも過ぎていよいよ1977年が始まった。ここで我々自衛隊員としての使命をもう一度考えてみよう。聖書は一人の兵士に対して、その生活態度について「自分の給料で満足していなさい。」(ルカ3−14)と言っている。伝道者に対するように「すべてを捨てて主に従いなさい。」(具体的な意味で)とは言っておらない。ここに同じクリスチャンであってもその立場によってその心構えが異なって来る。我々の人生目標としては先ず身を修め、その家庭をととのえて後顧の憂いをなくする事が必要ではなかろうか。自衛隊員は特別職であって、その使命の達成に当たっては身の危険をかえり見る余裕のない場合があり、そのための第一の備えとして、身の回りを整理しておく事が必要であり、それが「自分の給料で満足する」という極めて平易な言葉で表現されているのではなかろうか。
 そこで後顧の憂いをなくするために解決しておく必要のある事が二つある。第一は自分が居なくなったら家族等後に残された者はどうなるかという事、第二は自分が死んだらどこへ行くかという事であろう。第一の為には同族の理解と国家による補償が必要であり、第二に対しては確固とした信仰が必要である。
 我々は死んだら一体どうなるのか、この解決は聖書にはっきりと書いてある。(例えばヨハネ14−1〜3,Iコリント15−51〜2)しかし問題はこの聖書のみ言葉が信ずるに足るのかどうかという事であろう。
 クリスチャンは日々聖書を読み、それをそのまま信ずるのであれば問題はない。しかしその信仰はどこから来るのか、それは神から来る(エペソ2−8)のであるが、どのような過程を通して来るのか、多くの教会では聖日礼拝に信徒信条(讃美歌466)をとなえる。しかしここに書かれた事は殆どすべて理解は出来ても証明は出来ない事柄であり、聖書全体には更に多くの証明出来ない事柄が次々と記載されている。これらを一つ一つどうやって信じていくのか、という事になる。ところが幸せな事にそれらのうち神に属する事で最も力強く独特なわざを取り上げて、それを信ずるならばあとは之に関連して芋づる式に次々と解けて来る方法がある。それが「血のあがない」の信仰である。
 罪の許しについては古来神学的に色々な説がとなえられ種々の説明がなされているが、ここで人間的な理性や合理性を全く度外視して聖書の主張する神の力をそのまま信ずるのである。「血を流すことなしには罪の許しはあり得ない。」(ヘブル9−22)とあるので、人類の罪を許して神との交わりを復興させるために、神の子イエスの血がどうしても必要なのだとなれば、イエスキリストの降誕がなければ始まらないし、古今東西のクリスチャン全員の救いの為にイエスキリスト一人の血で間に合うというのであれば、一人当たりの血の量は極めて微少であり、我々一人の罪の量がどれだけあるかは知れないが、その中に痕跡ほどのイエスの血を混入することによって墨のように黒い罪が、雪のように白くなるという超科学実験的な奇跡が生ずる。この事実を信ずるというのである。
 若し之が事実ならその能力は到底人間的レベルでは理解出来ないし、そのための必須事項として神の子イエスの受肉が必要であったとすれば、そのような肉体が人間を両親として誕生するとは考えられない。このように「神の子の血」の効力を信ずる事によって、その他の事も一々人間的理解のレベルまで下げなくとも了解することが出来るようになる。
 即ち聖書の中に血を中心とした理論体系が出来上がることになる。しかしその理論は必ずしもこの地上の理論と連続しない。別世界の事柄となってしまう。そこでその両者をつなぐものが体験的あかしという事になる。この両者を理論として一体にすることは人間の能力では不可能にしても、事実体験という幾つかの点で結び合わせていくならば、この両者の交流は十分可能であり、時に応じて超人的能力の根元となることが出来る。我々は死んだらどこへ行くのか、聖書によるならばそれは良い所のようである。それは人の力によるのではなく、「からし種一粒程の信仰」(マタイ17−20)によって保証されているのである。

※ "Know your Bible"(第7回)
      ウイリアム・グラハム・ストロジー著
宮崎健男(大佐和キリスト教会牧師)訳
 申命記
 鍵の言葉−教え 章数34
 「申命記」(Deuteronomy)と言う題は「第二の律法」と言う意味のギリシャ語から来た言葉で、同書の第17章18節に「来るべき王はこの律法の写しを一つの書物に書き記させ」と述べられていることにも伺える。と言うのは(Deuteronomy)は唯、写すと言う語と律法と言う語が一緒になっているにすぎない。それは、イスラエル民族が、モアブの平野にいた期間のことである。この書は、これに先行する、4つの書に対して、丁度ヨハネの福音書が、共観福音書に対して持っている様な関係にある。即ち、両書共にそれに先行する書に記されている歴史的な出来事に対する霊的な意味を与えている。申命記には、それに先立つ書物に記された特色がすべて含まれている。
 即ち創世記の選び、出エジプト記の解放、レビ記の解放、レビ記の聖め、民数記の導き等である。この書の二つの鍵の言葉は、憶えることと、従うべきことである。前者は荒野での生活の回顧であり、後者は、約束の地での実践を指示している。この書に強調された三つの祭りは、過越しと五旬節と仮庵の祭であり、それぞれ、過去、現在、そして未来に関わりを持っている。申命記の最初の部分は歴史的であり、第二の部分は律法的であり、第三の部分は、予言的である。モーセは彼の生涯の終わりに当たり、新しい世代、新しい土地、新しい生活、新しい義務、又新しい指導者を振り返って見る時、多く例証されていたが、今に至る迄、何処にも述べられていない神の「愛」に対する新しい啓示が必要であった。第1章から4章迄には、過去に於ける神の愛を学ぶし5章より26章に亘っては、現在に於ける神の愛を、更に、27章より34章では、未来に於ける、神の愛を学ぶ。如何なる批評的な質問の言えども、この偉大な書の道徳的又霊的価値を、又モーセのモアブの平野に於ける演説のそれを減ずることは出来ない。デ・クインシィが「知識の文書」と区別して、「力の文書」と読んでいることは意義深い例である。旧約聖書中、恐らくこの申命記は、最も霊的な書であると言って決して過言ではない。

 ノート
 申命記の重要性は、申命記からの引用や、他の聖書個所からのこの書への引照に集約される。ガードルストン博士は申命記中にはそれ以前の書に関連して少なくても259個の引照があることを見出している。即ち30個所は創世記より、94ヶ所はは出エジプト記より、レビ記より61ヶ所又民数記よりは74ヶ所である。他の書へのこの書の引照は、旧約聖書中には少なくとも356ヶ所・新約聖書中には、52ヶ所ある。後者はかなり低く見積もっている。と言うのは、ウエストコットやホルトは、新約聖書中に少なくとも96ヶ所の引用或いは引喩があると見ており、それらは、マタイ、マルコ、ルカ、使徒、ロマ書、コリント前書、コリント後書、ガラテヤ書、エペソ書、ピリピ書、テサロニケ後書、テモテ前書、テトス書、ヘブル書、ヤコブ書、ユダ書及び黙示録の新約聖書27巻中の17巻に及んでいる。
 私たちの主が、荒野の試誘に於いて、三度に亘って申命記中より引用されたことは、注目に値する。ダビデがゴリアテに向かった時、五つの小石を持った如く、しかもその一つで敵を倒した様に申命記は、モーセの五書中の一つであり他に四書がいわば予備として残っているのである。(完)



※コルネリオ会51年度修養会の概要

  矢田部 稔(陸幕)
 多数の参加をえて、11月20日(土)から21日(日)まで1泊2日の修養会を東京で開き、学び、励まし、感謝し、決意をあらたにする機会が与えられたことは嬉しい限りであった。
 参加者:(1)日本 千葉牧師、武田貴美、夫人、今井健次、夫人、清水善治、蔵谷三郎、矢田部稔、夫人、路子、健、森田忠信、夫人、祐子、祥子、海野幹郎、夫人、鈴野芳敏、松山暁賢(仙台から)、滝原博、渡辺正義、木代稔、島崎朗、下桑谷浩、市川武功、山田文好、安藤正子、春木昭人、鬼塚隆、新名正由、夫人 計31名(うち両日参加者15名)
(2)米国 チャプレン・メイヤー、夫人、モアヘッド牧師、キャンベル大佐、夫人その他 計18名
 第1日の日米合同集会 於山王ホテル
○讃美・交歓(15:00) 自己紹介やコルネリオ会に対する期待などのショート・スピーチが全員によってなされた。特に、清水兄が東京神学大学事務長に就任予定とのことも紹介された。司会の森田兄が流暢な英語を使って大活躍。
○武田会長挨拶
○矢田部がマサネッタ・スプリングスにおけるOCU世界大会(76年7月)に参加した感想を披瀝。
○会食(17:00)
○東京バプテスト教会牧師モアヘッド氏による奨励(19:00)(森田兄通訳)今いる所が各自に与えられたあかしの場所であるということであった。
○市川兄による尺八演奏
○解散(20:30)
○翌日参加者は宿舎へ移動(21:00) 夜空にそびえる霞ヶ関ビルを左に見上げつつ、永田町の山王ホテルから赤坂葵町の虎ノ門共済会館へ徒歩行進。
 第2日の集会 於虎ノ門共済会館
○祈祷会(07:00) 今井兄司会。 ビルの屋上で。
○朝食(07:30)
○こん談(08:30) 武田会長から発会以来17年のあゆみの回顧とマサネッタで与えられたヴィジョンについて話があった後、コルネリオ会の今後のあり方について討議がなされた。時間不足で結論のえられなかったものもあるが、こん談討議の内容を以下に列記する。
(1)聖書研究が基礎である。月1回程度の定期的な研究会が持てないか。
(2)昨日も新人の出席があったが、新人に対して会の概要を説明するパンフレットがほしい。(以前のものは品切れとなっている。)
(3)米国OCUのように専従職員を有する事務局を持つことは我々の夢である。現段階は今井兄の奉仕におぶさっている。
(4)ニュース・レターは約100部を部内に、約100部を部外に発送している。
(5)ニュース・レターを出すためには、原稿集め、タイプ、印刷、封筒のあて名書き、発送などの仕事があるが、そのうち、転勤の多い陸・海・空自衛官の住所の確認が一番骨の折れる仕事である。(異動あれば直ちに事務局へ通知の励行を!)
(6)経費をさらに予算化しては。
(7)以前は会費制であったが、事務軽減のねらいもあって、現在は献金制となっている。両者併用の案はどうか。
(8)年間における送金の時期を定める必要がある。これがないため、つい忘れがちである。今後、送金の時期は毎年8月末までとする。
(9)将来の組織の問題であるが、現役主義を基調とし、会長のほかに陸・海・空副会長を設けてはどうか。
○聖日礼拝 松山兄司会、千葉牧師説教
○昼食(11:00) 北海道留萌市で最近新婚家庭を作られた藤原兄のことを話しながら。
○解散(12:00)



※宣教の場(修養会における礼拝説教)
  千葉愛爾(久里浜教会牧師)
 さて兄弟達よ、私の身に起こった事がむしろ福音の前進に役立つ様になったことをあなた方に知ってもらいたい(ピリピ1:12〜19)

 使徒パウロはローマの獄につながれている間も絶えず各地の教会への配慮を怠らなかったが、新約聖書には彼の獄中から書いた手紙(エペソ、ピリピ、コロサイ、ピレモン各書)が収録されている。そのいづれもが力に溢れ、喜びと感謝に満ちて、今に至るまで読むものにキリストの恵を伝えないでは置かない。パウロの入獄は一見パウロの伝道活動に対して致命的の障害となった観があったにかかわらず、パウロ自身はかえってその事が「福音の前進に役立った」と証しをしている如く、特に彼を監視する筈の関係将校、兵卒の間に多くの信者が出来た様である。そしてパウロを取り巻く「多くの兄弟(同信の友)たちはパウロの入獄によって(意気沮喪する処か)主にある確信を得・・・・ますます勇敢に神の言葉を語るようになった。一方ではねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者も居た。・・・即ち愛の心でキリストを伝えようとする本当のクリスチャンもあったが、私の入獄の苦しい立場に更に艱難を加えようと思って・・・党派心からいつわった伝道をしているものもあった。」とはパウロの述懐である。
 現在の自衛官の基督者としての立場は旧軍時代の様な極端な基督教に対する偏見はなくなったが、矢張り世間一般がそうであるように「あれはクリスチャンか」と云う一種の敬遠と小馬鹿にした様な気持ちを以て応対されていることは確かであろう。基督者としての日常生活を貫くことの困難さも、その集団性或いは統合性から見て、一般社会よりも大きいと考えられる。
 而も一般社会、否一般キリスト教界からは「あれは自衛隊員だ」と云う単にそれだけの理由で教会に出入りする資格のない者であるかの様な待遇を受けた話しも耳にする。
 現在世界の社会機構から云って軍備と云うものは平和維持と云う見地からはまだまだ必要な時代である。誰かがやらねばならぬ現状である。昔よく渡船の転覆事故が起きたものである。その原因は人員の過剰と云うこともあったが、片側から少し波しぶきを被った時にその舷の人たちが慌てて反対側に避難しようとして結局重心が一側に片寄って了った為に転覆する例が随分と多かったものである。兵器を取るが故に必ずしも戦を好むとは云えないし、兵器を嫌うが故に決して人と争わないかと云えば必ずしもそうとは云えない。牛肉を好むもの必ずしも憐れみの心の乏しい人とは云えないし、警官必ずしも人をしばって喜ぶ人とは云えないであろう。
(Iコリント7−7)
 ひとりびとり神からそれぞれの賜物を頂いていてある人はこうしており、他の人はそうしている。(Iコリント7−19〜22)
 大事なのはただ神の戒を守ることである。各自は召されたままの状態にとどまっているべきである・・・・主にあって召された奴隷は主によって自由人とされたのである。
 ある基督者の自衛官は「自分は現在の配置に着任した当座は異邦人の群に投ぜられた感を抱いたのであるが、やがてこの配置こそ、神が特に自分の為に選んで下さった(宣教の場)ではないかと思うようになった。」と告白して居られる。私はこの言葉を尊いものに感ずる。宣教とは全員が牧師になることではない。全員が武器を捨てることでもない。自衛官の中でも神の聖名は称えられるべきであり、自衛官にも神の子として主を崇める自由は与えられている。私は内外の色々の教会の礼拝を見たが、教会人の集会に於いて必ずしも霊的とは云い難いものもあった。OCUの集会に於いて常に敬虔の気が場内に満ちて霊的なものの溢れて居るのを感じて来たもの事実である。OCUの各員は自衛隊の内部に於いて一般の教会員よりも、クリスチャンとしての真剣さ、希望、喜びを同僚や秘かなる求道の士に示しているのである。この事は我ら昔海軍にありし時先輩クリスチャンたちが身を以て実証して呉れたことである。



※あかし
(1)コルネリオ会修養会に参加して
 下桑谷 浩(中央病院)
 私にとって集会は二度目の参加でした。第一の恵は、主は一つ信仰は一つであり、日米のことばの違いを超えたキリストにあるところの一致を実感できたことでした。次いで、使徒行伝の学びから”敬虔”即ちキリスト中心の生活を打ち建てることの必要を示されたことでした。第三に交わりをとおして「私達キリスト自衛官を取りまく環境は内外ともにきびしいことと同時に、この闘いは主ご自身の闘いであり信仰第一に前進すべきである。」ということでした。
 コルネリオ会の為に何か一つ手助けはできないものかと思索しておりましたところ、たまたま、米軍中佐(牧師)との交わりをとおして、米軍には現役軍人のチャプレンが居ることを知らされ、我が自衛隊とは対象的な事を改めて考えさせられました。翌日の使徒行伝10章の学びの中でこの事を再考しておりましたところ「起ちて下り共に行け、彼らを遣わしたるは我なり」(20節)と力強いみことばを示されました。
 私は現在、聖契神学校において学びを続けておりますが、卒業ののちには、主許したもうならば会の霊的面の助け手の一人として働きたく願っている次第です。
(2)コルネリオ会修養会に参加して
 山田文好(第1空挺団)
 ここに、ガイザリヤに、コルネリオという人あり。(使10−1)
 私は、一昨年の12月21日に洗礼に授かり以後インマヌエル教会に出席しております。今回2回目のクリスマスを、迎えました。
 同中隊の友人から、コルネリオ会を紹介され、11月20日、山王ホテルに於いて行われた日米合同のコルネリオ会に出席を許されました。自衛隊の方々、また米国の方々との交わりをさせていただき、また幸いな、メッセージをいただき幼い信仰の私には、大きな励ましとして感謝しております。
 米国の方とは、言葉や、習慣が異なるなど、不自由な点はありますが、心はキリストにあって一つである事を覚えました。
 元軍人の方々や、現役の自衛官の方々が、OCUの活動に参加している事を知りましたが、日本でのOCU大会が益々盛んに開かれる事を期待しております。
 自衛隊員に福音をつたえる事は、信徒として大きな戦いです。しかし、かくれたクリスチャンを探し出して我が駐屯地にも聖書研究会を作り、自衛官に対する宣教をしたいと願って居ります。
 キリスト自衛官の存在を、明確に位置づける事の必要性を感じ、そのようなグループの成立を願っております。
 コルネリオ会の上に、主の豊かな祝福がありますように祈りつつ、私の証しといたします。
(3)雑感
 安藤正子(空補立川支処)
 主の聖名を賛美致します。
 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしたちのために自分の命を失う者はそれを救うであろう。(ルカ9−24)
 導かれるまま昨年11月20日は日帰りでしたが、山王ホテルに於いて行われたコルネリオ会の集会に、はじめて参加させていただきました。矢田部兄の迎えでお部屋に案内されました。そこにはアメリカの方が多く、一斉に好意を示して下さったのに対し語学にとぼしいため、その好意に対しこちらの意志表示ができず、すっかりとまどってしまいました。ここで特に感じた事はアメリカの人は、どの人も明るく社交的で新しい人に対しても、務めて話をし、積極的に交わりを求める姿勢であるということでした。
 集会は森田兄の司会で、賛美にはじまり、交歓、続いて会食、なごやかなうちに今井兄、矢田部兄両御家族の方や滝原兄、アメリカの方々とも良い交わりの時をいただき感謝でした。中でも清水兄のキリスト者元軍人の話やOCUに貢献された方の興味深い話題には時の去るのがおしまれてなりませんでした。
 メッセージを取り次いで下さったのは、アメリカのモアヘッド先生でディエル・ムーデーについて語られました。庶民的で、ひたむきなうちに霊にもやされ偉大な伝道の働きをなし遂げられたムーデーに親近感すら覚え、大変感動し、恵まれました。
 私の在籍している教会は、立川市の東北部に位置し、その直ぐ近くが自衛隊です。武蔵野のおもかげをそのままのこした、静かな恵まれた環境にあります。(立川ホーリネス教会)牧師先生御夫妻、副牧師先生御夫妻を中心に温かい家庭的雰囲気の教会です。若い信者は少ないが長年の深い信仰を持った信者が多いため、その祈祷には熱気が帯び力強く霊的雰囲気に満たされます。
 昨年12月には、当教会の長老である庄田兄が「トラ・トラ・トラ」真珠湾奇襲攻撃の総指揮官であった淵田元中佐(元コルネリオ会員)の急の御逝去により、その後任として、宣教師ジェイク・ディシェイザー師と共に(ジェイク・ディシェイザー師は真珠湾奇襲攻撃の後、日本をはじめて爆撃したうちの一人)フィリッピン方面へ重要な使命をさずかり、伝道旅行に行かれました。そして大いなる祝福のうちに大役を果たし帰国され、教会員一同大変恵まれました。
 私が当教会に導かれたのは職場の先輩である友人岡村姉でした。48年9月受洗の恵にあづかり、また、昨年4月には同姉を通じ今井兄の案内によりこの会に入会させていただきました。それから毎回いただくニュース・レターからキリスト者として、又、自衛隊員として微力乍も同じ国防の任務にある私にとり、この会の存在は大きく励ましであり、又心強く思っております。そして公然と信仰を鮮明にする事ができました。私の周辺(主に自衛隊)には魂の飢え渇きを持った者、神の救いを必要としている者の多いことを覚えます。(狭き門から入れ滅びに至る門は大きくその道は広い マタイ7−13) 狭い門の前で足踏みしている兄弟姉妹を目の当たりにし、小さい乍らも先に救われた者の当然の義務として伝道する事の使命をいたく感じます。しかし信仰面でまだ幼い私にはその使命を果たす事の困難さを覚えます。(大いなる会衆の中でわたしの賛美はあなたから出るのです。わたしは主を恐れる者の前でわたしの誓いを果たします。詩篇22−25)
 求道中の兄弟姉妹のうちにもコルネリオ会の活躍を知らしめ、共に歩む者とさせられるよう、お力添えを、お願い致します。(だから愛する兄弟たちは、堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあってはあなたがたの労苦はむだになることはないとあなたがたは知っているからである。Iコリント15−58)


※通信
○日本福音クルセード主幹・本田弘慈先生からお便りがありました。
 敬愛する
 自衛隊コルネリオ会
  今井和男様
  並びに御一同様
 今度は私共の伝道のために尊い御献金を沢山に御恵送下さいまして、感謝いたしております。心より有り難く存じ厚く厚く御礼申し上げます。
 平素御会の機関誌を御大学の今井先生より御恵送頂きました折々拝見して居りますが、自衛隊の中に神が立派なクリスチャンを起こしておられますことは大きな喜びであり幸いと存じて居ります。
 先般韓国に参りましたが、ここでは全軍が基督者になることを目標にして伝道されていますことを聞き、誠にうらやましく存じましたが、御会の皆々様方にもいよいよ上よりの御力によって強められ、主の御栄光を望んで御前進下さいますようにと御願し、御祝福を心より御祈り申し上げます。
 今度の温かい御愛を心より感謝して、心よりの御礼を申し上げます。
 亦一層御自愛下さいますようにとも御祈り申し上げます。
 本田弘慈
 

○静岡インマヌエル教会牧師・松村導男先生からお便りがありました。
 ハレルヤ 小生は日清、日露戦争に従軍した海軍軍人の子供で、横須賀市の官舎の生まれです。四日市市の糸井勇氏(海軍大佐)の友人であります。
 今回当教会の会員中山ゆみ子姉が防衛医大看護学院に入学しましたので、コルネリオ誌を読ませたく思いますので一部ずつ送って下さい。
 小生は戦前、利岡氏の出しておられたコルネリオ誌を愛読していました。もしありましたら、過去一年分のコルネリオ誌を送って下さい。
 長谷川稔(旧姓横田)元大佐のアカシ同封します。
 貴会の祝福を祈りつつ。
 (註・松村先生のあかし「日本敗戦と神の保護」および長谷川元大佐のあかし「潜水艦長の転進」は附録として別添します。)

○コルネリオ会修養会について米空軍キャンベル大佐から次(英文)のようなお便りを頂きました。

December 10, 1976
Dear Brothers in Christ,
The joint meeting of the Japanese Officers Christian Union and the American Officers Christian Fellowship at the Santo Hotel on 20 November 1976 proved to be an occasion providing rich blessings to all who were there.  As we have always experienced in previous meetings, the common bond and language of Christ's love shared in a fellowship of sharing the word, singing praises in hymns, breaking bread, and in prayer, once again made our time together seem all too short.

Our sincerest thanks to General Takeda and Lt Colonel Yatabe for sharing with us their thoughts and experiences of the International Conference of 1976.  And a special thank you to Major Morita for his work in organizing our meeting and to Mrs Morita for playing the piano so beautifully for our hymn singing.  I'm sure also that each person felt a personal challenge to renew their dedication to be a witness for the Lord as a result of the thoughts presented by our speaker, Reverend Moorehead.

We continue to pray for the Japanese OCU as you steadfastly work for Christ, that His will may be done.  We ask you to keep us in your prayers that we may reach others so they too can experience the joy of serving the Lord.

In Christian love,

GERALD E. CAMPBELL, Colonel, USAF
Officers Christian Fellowship
Yokota Air Base