ニュースレターNo.80

News Letter #80(H8.12.16)1996年
アジア太平洋会議特集
韓国における、96AMCFアジア・太平洋会議に参加して(滝原 博)
主のみ名を賛美申し上げます。
 今大会に矢田部会長、滝口兄及び長浜兄と共に私ども夫婦で参加できましたことは恵みであり、主に感謝するのみです。以下参加所見を述べさせていただきます。
□グル-プ討論:62ケ国からの参加があり、いろんな言語が飛び交い戸惑う面もありましたが、グル-プ編成による討論は、いかにして伝道していくかに重点をおいたもので、極めて有意義でありました。そこではグル-プのメンバ-が祈りのテ-マを出し合い、それぞれの国に帰ってからも祈り合おうとの約束をしました。
□各国報告:特に私にはコルネリオ会を代表し、約10分間の各国報告の機会を与えられ、コルネリオ会と共に歩ませて頂きました私ども夫婦の信仰の歩みを述べさせて頂いたことは主の恵みでありました。多くの反応があり励まされました。(報告の全文を掲載)
□ヴィジョンの設定:最後の昼食会の時に、ソウル市立大学のOh教授を交え懇談の一時を持ちましたが非常に有意義な話し合いでした。内容の概略は「ヴィジョンを持って進むこと」、「祈りの課題を相互に示し祈り合うこと」等でありました。
□観光:K半島は潜水艦事件で何時にない情勢下にありましたが、私ども海外からの参加者に対して、一日半のツア-を特別に実施して下さり感謝でした。特に国境直下の地下トンネルの見学で緊張感を体験すると共に、平和の貴さを実感した次第です。
□謝辞:期間中、韓国で活躍中の吉田牧師のご苦労に、また日本から私たちを支援するため来られたパク(朴)姉にも感謝します。勿論韓国内の多くの方々に大変お世話になったことは言うまでもないことです。韓国の主に在っての多くの同労者を知ることができました。もっと早く韓国を知っておけばよかったというのが実感です。
 本当に恵みの多い大会でありました。以上で大会参加の報告とさせて頂きます。 在主
 付記:各国報告のビデオと会議場での発言録(ハングル語と英語)がありますのでご活用下さい。■
日本報告
 主にある兄弟姉妹。主の御名を賛美申し上げます。この祝福されたAMCFアジア・太平洋会議に日本を代表し参加できましたことを感謝申し上げます。
 昨年の東京でのAMCFアジア大会では、160名近い海外からの参加者を得、「主を求めて生きよ」のアモス書5:6を中心に学び合ったのは昨日のような気が致します。このときほど、御霊の働きを体験したことはありませんでした。各国との渉外を担当する私は、国内はもとより各国の熱い祈りに支えられ、また会員の援助により無事任務を果たすことができました。今回の韓国での大会は、私にとり初めての参加であり、それも最大級の大会となろうこの大会に参加できます機会を与えられましたことに感謝致します。
 私は自衛官として、1980年英国での世界大会及び1981年シンガポ-ルでのアジア大会に参加し、「He is able・・」(コリント9:8)及び「つとめいそしめ夜の来ぬ間に」(ヨハネ9:4)のテ-マのもとに学びと交流を深めることができました。
 私がイエス・キリストの愛を知ったのは、防衛大学の1年生のときで、その学年の終り(1962年)にバプテスマを受け、キャンパス内で開かれていたバイブルクラスに参加するようになりました。このクラスは、戦後牧師となられた千葉元海軍大佐が、毎週指導して下さっておりました。そしてその3年前の1959年に結成されたばかりのコルネリオ会の例会への参加も始まりました。その後、神学校を卒業したばかりの妻と結婚し、転勤の多い中、家族6人揃って教会生活を守ってきました。このような中で、「召された(回心した)ときの状態で神の前にいなさい」(コリント7:24)と「神がきよめたものをきよくないと言ってはならない」(使徒10:15)を拠りどころとして、信仰生活を守り、友人・先輩たちに声を掛けコルネリオ会に連なって来ることができました。この2つのみことばは、日本という宗教土壌の中にいる自衛隊員のクリスチャンが信仰生活を守る上での支えとなるみことばと私は信じます。
 なぜか? その理由を考える上で思い出すのは、「汚れと茶碗」という著書を参考としてまとめられた昨年のアジア大会での矢田部コルネリオ会長の報告です。その報告を簡単に要約しますと、『1、000年以上も前の古代日本では、汚れたものに手を出さない、自ら手を汚さない考えが生まれました。そこから人間を殺すことに関わる人間である武士は汚れた存在であると考えられ、1,000年前頃までは武士は宮中に入ることを許されませんでした。その後、武士が政権を担うことになり約900年後の、西暦1,868年の明治維新の年まで来ましたが、公家社会は依然としてその精神的文化的伝統を持ち続けていました。その中で武士を否定し武士そのものを汚れの対象として差別し排除する精神は持たれ続けてきました。この精神は明治以降のキリスト教界にも入りこんできています。』ということになるかと思います。
 汚れた存在の武士は、使徒行伝10章に出てくる「きよくない存在」の様なものと私は考えました。きよくない自衛隊員であっても、主がきよめたのであれば、差別されない、きよめられた存在になるのです。また、多年の葛藤と悔い改めの後、召された(回心した)とき自衛隊員であったその状態を神の前に保って証しし、伝道してゆくべきであると示され、私の心の揺らぎは止まり確信をもって自衛隊員として居続ける勇気を与えられました。
 現在は防衛庁のシビリアンとして中央に勤務しています。都心に与えられた宿舎はコルネリオ会の集まりの場として役立ってきました。韓国の統合参謀本部議長経験者のLeePil Sup将軍、その信仰の盟友 Oh Hyung Jae教授、在日米軍のAMCF会員、米国のAMCFスタッフ、またペル-のAMCF会長などは二度以上来られ、いわば「主の家」として用いられてきたことを誇りに思っています。
 また、勤務の間幸いにも夜間の神学校に通うことが許され、1年半後卒業する予定です。何か広く救霊のために役立つ奉仕の場が与えられないか、又はその場を創り出せないかと祈っています。このため現在パウロ書簡を精読し、ヒントがないか探しているところです。幸いにも、その祈りの一部が実現しようとしています。
 さて、隣国である大会開催国の韓国では、このAMCF大会のために今年6月に2泊3日に亘り祈り会が開かれ、約8,000人の会員が集まったそうです。このパワ-はどこから来たのでしょうか。これは韓国軍の内部に1950年代に導入されたチャプレン制度に負うところ大であると思われます。韓国の軍のリ-ダ-たちの素晴らしい先見の明は、何から与えられたのかを、この大会中に伺いたいという思いでこの大会に参加しました。日本ではこの制度の導入は考えられませんが、主は今まで数々の知恵を授けてくださったように、更なる知恵をお与えくださる御方であると信じ、祈り求めているところです。
 私たち、日本のコルネリオ会員が、人数は多くはありませんが、主の栄光を各自の職場、教会、地域社会などを通じ顕していくことができますよう、参加各国のお祈りをお願い致します。
 一生懸命みことばを宣べ伝えていきましょう。ア-メン!!  (1996.10.9 16:00)■
韓国大会参加報告(長浜貴志)
1 参加に際して
 昨年、東京で開かれたAMCFアジア大会の閉幕に際し、韓国ソウルの日本人教会牧師吉田耕三先生から「是非来年の韓国大会に参加して下さい」との励ましを受けました。
 コルネリオ会の先輩方の祈りや励まし、職場の上司・同僚の理解により、参加の道が開かれていきました。感謝を申し上げたいと思います。
2 軍隊における伝道について
 韓国での軍隊における伝道は、伝道の漁場、あるいは養魚場といわれるほど、組織のトップから一兵卒に至るまで、クリスチャンでうごめいています。上司の力強い信仰や教会へ行くようにとの勧め等、伝道の効果は的面のように思えました。そして軍牧チャプレンも根付いているようです。しかし、実際ひとりひとりの証を聞いてみますと、やはりそれぞれのイエス・キリストとの出会いがあるようです。
 また、クリスチャン家族の出身の方々が多いのにも驚かされました。人口の約4分の1がクリスチャンであるという事情、そして官僚・警察・軍人が国民の尊敬と信頼を受けているという事情もあるでしょう。また韓国は北の脅威の存在で、緊張下にあることもあり、軍人は国民の英雄であるようです。
 軍人クリスチャンのすばらしさを見せつけられたのは、3日目の夕食時だったかと思います。北朝鮮のスパイが韓国に侵入し、3人の農夫が犠牲になったという情報が入ったばかりの時に、最前線の特殊部隊の30人程の賛美グループが戦闘服、ベレー帽、白手姿で現れました。年令は23~25くらいでしょう。
 なぜ自分たちが、このような大きな大会で平穏無事においしい食事をしている人々を前に主を賛美しなければならないのか、といった大きな疑問を抱いたことでしょう。険しい顔には伺えないわけではありません。事実、彼らの仲間は犠牲者となったのですから。食堂にいる人達も食事が進まなくなっている様子でした。
 そんな彼らが、手振り、身振りの賛美を始めたのでした。彼らの顔は笑顔以上の笑顔で皆喜んでいます。目が輝いています。純粋な忠誠心、献身、団結力、任務遂行への意志が伝わってくるようです。肩を上げ下げして力みながらも、ものすごい声量と迫力、そして前のめりに賛美する彼らのほのかなほほえみが忘れられません。
 個人個人がイエス・キリストを信じ、その彼らが主イエスキリストのために共に身を捧げる姿に感動を覚えました。主がきっとこの国を守って下さることでしょう。
3 韓国と日本の亀裂
韓国の北と南への分裂の理由を大戦後の米国・ソ連といった大国の代理戦争によると観るのは、どうなでしょうか。戦争処理の際に共産国家に侵入のスキを与えたのは、日本ではなかったのでしょうか。1910年の韓国併合に始まる37余りに及ぶ日本の支配下に置かれた韓国人の苦しみ、恨みは色濃く残っているようです。消えることもないかのようにも見えます。大陸性風土の中に育まれた韓国人の性格を一言で表せば、それは「大らかさ」です。その彼らが赦せないものがあるというのです。話をしている吉田先生の傍らで、この話を聞いていた大会で一緒だったおじいさんは、「普通日本人にはこんなことは嫌われるから言わない。」とおっしゃっておりました。事実のようです。吉田先生は、日本人の謝罪、悔い改めがない限り、日本のリバイバルもないとおっしゃいます。
 これらの話は、吉田先生の受け売りでまだ自分で消化していませんが、取り組んでいく課題であると思いました。■
AMCF アジア太平洋大会に出席して(滝口厳太郎)
 聞いてはいたけれどホ-ムステイ先の8階の窓から見る夜景は、私が訪れたことのある限りの世界約20のどの国と比べてみても、まさにキリスト教国であった。主にある兄弟姉妹と一人でも多く交わりを持ちたいと願い、宿泊先を大会場の教会の宿舎に変え13階の窓から見えたソウルの夜景も赤い十字架にあふれていた。古来より儒教国として知られていたこの国は第二次世界大戦後50年と経ぬ内にキリスト教国に変えられていたのである。
 配布された案内書の表紙にハングルのみで書かれている部分を漢字に置き換えて見ると
きがん  期間 96.10.8.~8.10.11
じゃんす 場所 オリンピック・パ-クテル/インマニュエル教会韓国語は漢字の音読みはあるが訓読みは無い。
 じゃんす=じょうしょ=場所となる。
大会計画資料によると、
 主催 韓国OCU、参加 1000人
 海外約60ヶ国300人、韓国700人
となっている。海外からの参加人員は、幾分実数は計画を下回るが、アジア太平洋大会の名称以上にヨ-ロッパ、アフリカの旧共産国、発展途上国の参加が目立ち、国内からの人員は計画以上の数であったであろう。テ-マは”みことばを宣べ伝えなさい。(Ⅱテモテ 4:2)” であった。
 大会の運用は韓国式のタイト・スケジュ-ル。 朝6時から夜9時過ぎ迄。配布された案内書に目を通せたのは帰国後であった。
朝6時前に会場に到着すると早天祈祷を終えた信徒達がぞろぞろと帰り足、この熱心な祈りが今日の発展につながり、主は祈りを聞き入れられるのである。
 メッセ-ジは大会テ-マに沿って韓国著名教会の牧師、軍牧、により大会堂でなされた。  グル-プデスカッションは ①軍内の効果的伝道  ②民間への効果的伝道 ③聖霊に導かれた個人伝道 ④軍内伝道上の協力という格調の高いテ-マ、約20人の構成で30のグル-プに分かれてなされたが、私のグル-プは長浜兄の他、フィジ-からのご夫妻以外韓国人が殆どでチャプレンか、伝道者または伝道を目指す方で気後れしそうであったが、自己紹介に時間がとられテ-マに深く入れなっかた。
質疑の中でキリスト教徒の比率が50%を越えるといわれている韓国軍人から日本の比率を聞かれ1%以下と答えるのは如何にも肩身の狭い思いであった。も一つの参加国、フィジ-は聞かれて『99%位かしら』と軽く答えていた。ちなみに殆ど韓国語で進められるこの会合をご主人はエスケ-プしていた。
 肩をはらずとも99%を軽く越す国、主に対する熱い思いで50%を越える国、ザビエル以来400年を経てなお1%に満たぬ国、対称的なグル-プ分けであった。
 更になぜ日本の宣教が進まないか問われ、理由の一端を述べたが、数ある理由は別の機会に譲るとして、1%以下の日本のキリスト教社会、0.01%以下のコルネリオ会は今までの歩みを信徒自身、教職者自身、会員・役職者自身が大いに反省し新たな歩みをしない限り信仰の成長も発展もない。
 この大会に参加して韓国の成長の数ある理由を発見出来たことは大きな祝福であった。 中でも東アジア会長の「仕える者としての姿勢」を特に見習う必要があると感じた。コルネリオ会としても具体的な目標・計画を立て祈り求めて行こうではないか。  最後にこの大会で主にある交わりを通じ、素晴らしい信仰の友を与えられた事を主に感謝する。  ■